据え膳食わぬは男の栄誉じゃ!
「それでも彼女は毎日、ヨセフに言い寄ったが、彼は聞き入れず、彼女の側に寝ることも、彼女といっしょにいることもしなかった」
皆さんは、この事件をテレビドラマ化、あるいは映画化するとしたら、どのような女優さんにポティファルの妻を演じさせるでしょうか?きっと妖艶な美女を想定するかと思います。女性が外見で評価され、妻の美貌が夫の栄誉であった時代のことです。政府高官であるポティファルがその妻にエジプトでも評判の美女を選んだと想像するのは妥当でしょう。
また、金持ちである彼女がその美貌を保つために、投資をしていたことも想像できます。さらにこの女性はヨセフよりかなり年上と想像しがちなのですが、地位のあるポティファルは自分よりかなり年下の女性を妻としていた可能性もあります。彼女はヨセフよりそれ程年上でなく、同年代であった可能性さえあります。
私も教会学校でこの物語を描いたアニメを見たことがありますが、やはり「いかにも」というタイプの美女でした。
あくまでも、一般論なのですが、性的にも活発な青年期の男性が年上の美貌の人妻から性的な誘惑を受けたらどうでしょう?もし、その人のうちに明確な拒否理由がなければ、職場での自己保身のために、また、性衝動を抑えきれず、女性上司の誘惑の手に落ちてしまうのではないでしょうか。
日本には「据え膳食わぬは男の恥」という文化があります。自己保身や性衝動とはまた別の理由で、女性からの性的求めを断るのは日本ではルール違反なのです。「男たるもの性的に大らかで活発でなくてはならない、女性の求めは受け入れるのが男の性の道だ」というような美学があるのでしょうか?それとも「相手の女性を傷つけてはならない」という男の優しさもあるのでしょうか。
いかにも結婚軽視の日本文化だなあと思います。少なくとも一方が既婚者であるとしたら、男の美学も優しさも全く空しいものになってしまいます。それぞれの結婚相手に対しての貞操はどうなるのですか?夫や妻を裏切る、あるいは相手に裏切らせることは美学でも優しさでもないはずです。所詮そのような美学は自分のかっこよさだけを考えた自己中心であり、そのような優しさはその場で相手を傷つけることを避けるだけの安易な対処に過ぎません。
では、ポティファルの妻の誘惑を受けたヨセフはどう対処したでしょう?血気盛んな青年ヨセフの心には一瞬、抑えがたい性的な衝動が走ったかも知れません。賢明なヨセフのこと、ポティファルの妻の求めを拒否すれば、権力関係を用いての報復を受ける事は十分予想をしていたでしょう。しかし、ヨセフは断固拒否をし続けました。
なぜでしょうか?彼の内に性に対して、あるいは対人関係についての明確な規範があったからです。8節から10節においてヨセフは明確な三つの根拠をあげて拒否をしています。
(1)主人の信頼を損なってはならない。
(2)人妻と通じてはならない。
(3)神様の前に罪である。
何と、明確な根拠でしょう。もちろん、相手が理解してくれるものとは限りません。しかし、これは私たちが性的な誘惑にあったときのお手本と言えるでしょう。
では、明確に拒否されたポティファルの妻がすぐにあきらめたかと言えば、そうはうまく行かない現実がありました。
「それでも彼女は毎日、ヨセフに言い寄ったが、彼は聞き入れず、彼女の側に寝ることも、彼女といっしょにいることもしなかった」
彼女と性関係を持たないだけでなく、それに到るような危険を避けたことが書かれています。「そばに寝るだけ、何もしないでいいのよ。一緒に部屋でお話をしましょう。」きっとそんな言葉で、言い寄ったのでしょう。しかし、ヨセフは一切妥協をしませんでした。
君子危うきに近寄らずということでしょう。性的な誘惑は感覚的なものです。最初はチョット見るだけ、次はチョット触るだけ、そうした感覚的な刺激が、性的な欲求をいよいよ刺激して、やがて最後の一線を越えるものです。
男性たるもの、ヨセフの誘惑対処を学びたいものです。ヨセフこそ、男の中の男!据え膳食わぬは男の栄誉だ!
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